計画概要

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Cherenkov Telescope Array(CTA)計画は、 100台近くの解像型大気チェレンコフ望遠鏡を 3-10 km2の領域に敷き詰めた、大規模なTeVガンマ線天文台を南半球(チリ・パラナル)と北半球(スペイン・ラパルマ)に建設し(図1)、 現在の望遠鏡の10倍深い感度を達成し、エネルギー領域を20 GeVから100 TeV領域(現在稼働中のものは約100 GeV から約10 TeV)までカバーすること(図2)を目指す 国際共同実験計画です(1 GeV = 1ギガ電子ボルト=10億電子ボルト、1 TeV = 1テラ電子ボルト=1兆電子ボルト)。


図1:CTA計画の望遠鏡配置。(右上)北サイトおよび(右下)南サイトの完成予想図。
図2:ガンマ線検出感度。"Crab"は、カニ星雲のガンマ線強度。 図3:検出されたX・ガンマ線源数の推移。CTA望遠鏡で、約1000個のガンマ線源の検出が期待される。

現在、世界では主に3つの実験 (欧州のH.E.S.S.MAGIC、 米国のVERITAS) が稼働していますが、 Fermi衛星による高感度のGeVガンマ線観測によって 新たな発見・展開が予想される中で、TeVガンマ線望遠鏡の感度をさらに上げて、質のよいデータを供給し続けることが重要です。 Fermi衛星が稼働している期間内にCTA計画が実現できたならば、 Fermi衛星のデータと合わせて20 MeVから300 TeVまで約7桁の広いエネルギー領域でのガンマ線スペクトルを得ることができます。

TeV領域で現在よりも10倍深い感度を達成することは、現在稼働中の実験では不可能であり、 大規模なチェレンコフ望遠鏡アレイによる天文台を短期間に建設するより他に道はありません。 また、Fermi衛星より大型の衛星の実現は困難であり、 ポストFermi時代においてもGeV-TeVガンマ線観測を継続していくためには、 20 GeVのエネルギー閾値をもつCTA計画の実現しかありません。 現在稼働中の望遠鏡を持つ、4つの実験グループは競争関係にはありますが、 次世代の望遠鏡開発では、一桁良い感度を達成し、新しいTeV ガンマ線の世界を切り開くには、 大規模な国際協力を推し進めていくという方向に収束しつつあります。

研究対象

宇宙では我々の想像を遥かに超えるような高エネルギーの現象がいたるところで起こっています。 人類が建設した最先端の素粒子加速器、例えばLHCで実現できる1000万倍以上のエネルギーを持つ粒子や、 太陽が一生かかって出すエネルギーを数秒で放出してしまうような非常に明るい天体など、その起源や進化が謎の天体で満ちています。 こうした天体は時に、100 GeV 以上という高いエネルギーを持ったガンマ線を放出します。 ガンマ線は、光や電磁波の一種ですが、非常に高いエネルギーなので、波ではなく粒子のように振る舞います。 100 GeV のガンマ線は可視光線のおよそ1000億倍のエネルギーを持っています。 太陽の表面温度は約6000℃であり、そのような温度を持った物体は熱放射により可視光線を出します。 しかし 100 GeV のガンマ線を熱放射で出すには1000兆℃という超高温が必要になり、そのような温度をもった天体現象はありません。 こうしたガンマ線は、熱放射ではない別のメカニズムで放射されます。 熱的過程では全く説明できないこの宇宙の一面を、我々は「非熱的宇宙」と呼んでいます。CTAは非熱的宇宙を探るのに最も適した望遠鏡です。

非熱的過程による高エネルギーガンマ線の生成は、具体的には以下のようなメカニズムが考えられます。 (1) 一つはボトムアップ的な粒子加速です。 例えば、ブラックホールや中性子星といった非常に強い重力を持つ高密度天体が誕生・活動すると 超高速のジェット・アウトフローが放出され、 それらが衝撃波をおこすことで少数の粒子にマクロなエネルギーが配分され、 高エネルギー素粒子(宇宙線)が生み出されます。 つまり、CTAによってブラックホールや中性子星の誕生・活動やジェット・アウトフローの生成、宇宙線の起源といった謎に迫ることができます。 (2) もう一つはトップダウン的な重粒子(ダークマター)の対消滅や崩壊です(図4)。 見えている物質の5倍はあるとされている謎のダークマターは、ビッグバン初期の高温時に生成された可能性があります。 ダークマターはその時代の温度を反映して大変高エネルギーの粒子に崩壊できます。 ガンマ線は、ほぼ必ず放射されるので、CTAの観測はダークマターの発見・制限につながります。
図4:ダークマター消滅のファインマンダイアグラム

ガンマ線を用いる利点は、ガンマ線がソースからまっすぐ飛んでくる点です。 陽子や電子などの荷電宇宙線は磁場で曲げられるため方向の情報を失ってしまいます。 銀河内の宇宙線のエネルギー総量は磁場や熱的放射と同程度で重要な役割を担っています。 それにも関わらず、この方向性を失う性質のために、これまで宇宙線の起源は謎のままです。 今のところガンマ線のみがTeV領域で方向性を精度良く測れる方法で、 角度分解能が良くなるCTAによってソースの同定および構造の解像が大幅に進むと期待されます。

TeVガンマ線を用いた銀河面(天の川)の天空図(図5)は、最近になってようやく描けるようになってきました。 銀河内の天体としては、パルサーやその星雲(図6)、超新星爆発の衝撃波(超新星残骸)(図7)、 ブラックホール(又は中性子性)と星の連星系(図8)などが見つかってきています。 しかし、驚くことにほとんどが未同定天体と呼ばれるクラスの天体で、X線や電波などガンマ線以外の放射が同定されていないものばかりなのです。 また銀河を超えても、巨大ブラックホールによる活動銀河核(図9)だけでなく、 最近では近傍の(より普通の、しかし星形成している)銀河からのガンマ線が観測され、 ようやく非熱的観点から銀河比較論が可能になりつつあります。 しかし、現在見つかっている天体は氷山の一角に過ぎず、氷山本体を捉えることがCTAの目標になります。 最高光度のガンマ線バースト(図10)、最大重力系の銀河団、最強磁場を持つマグネターなどは重要なターゲットとなり得ます。


図5:H.E.S.S.望遠鏡によるTeVガンマ線を用いた銀河面(天の川)の天空図

図6:パルサー星雲



図7:超新星残骸



図8:ブラックホール連星(想像図)
図9:活動銀河核 図10:ガンマ線バースト(想像図)

高エネルギー天体の起源や進化を明らかにすることはそれ自体非常に興味深いテーマですが、 天体を道具にして他分野、特に宇宙論に応用することも可能です。 例えば、ガンマ線が伝搬中に他の光と反応することを用いると、途中に存在する光の量を測定することができます。 その光の量は星やダストの量などによって決まるので、ガンマ線を用いて太古の宇宙の星形成の情報を得ることができます。 最近ではガンマ線バーストが銀河に代わって最遠方天体の座を獲得しました。 宇宙最初の星や銀河が生まれた再遠方の宇宙、特にダークエージと呼ばれる宇宙論で最も謎の多い時代の一つを探るために、 高エネルギー天体は最適な道具なのです。 超新星を用いてダークエネルギーを測定したように、 CTAによって高エネルギー天体の性質の理解が進めば新しい宇宙論も可能になるかもしれません。

また、高エネルギー天体物理は、しばしば地上では実現不可能な物理状態を扱うので、 物理学に新しい領域を開拓する役割も担います。 古くは湯川秀樹博士の予言したπ中間子が宇宙線の中に発見されました。 これを超えるような新しい領域が、CTAによる発展のもとで生まれるかもしれません。 特に、ダークマターがもし発見されれば標準理論を超えるNew Physicsにつながります。 また、ある量子重力の理論ではガンマ線の速度が光速と一致しませんが、 CTAはガンマ線の速度を測ることで、相対性理論の基本原理である光速度不変の原理(ローレンツ不変性)を最も厳しくテストすることができます。 このようにCTAは基礎物理に対しても大きなポテンシャルを秘めていると言えます。

CTAの研究対象として、以下のようなものがあります。
  1. 銀河宇宙線の起源・加速・伝搬
  2. 銀河内高エネルギー天体(パルサー、マグネター、パルサー星雲、超新星残骸、X線バイナリー、球状星団)。
  3. 銀河系外からの高エネルギー宇宙線の起源・加速・伝搬。
  4. 銀河系外高エネルギー天体(活動銀河、ガンマ線バースト、近傍銀河団、近傍スターバースト銀河等)。
  5. 活動銀河、ガンマ線バーストからのガンマ線を使った宇宙論的研究。
  6. 銀河中心、矮小銀河からの暗黒物質の対消滅、崩壊ガンマ線の探索。
  7. プランクスケールでのローレンツ不変性のテスト。

建設・観測スケジュール

2010年 プロトタイプ望遠鏡開発開始
2016年 北サイト(スペイン・ラパルマ島)建設開始
2018年 大口径望遠鏡(LST)初号基完成
2022年 大口径望遠鏡(LST)2-4号基現地建設開始
2022年 南サイト(チリ・パラナル)建設開始
2029年 北・南サイトフルアレイによる観測開始


図11:北サイトに建設された23m口径LST初号基。Photo Credit: Daniel Lopez (IAC, Spain)。